久々のブログ更新です。ブログって毎日書いてる人もいるみたいですが、自分はそこまでまめに書くことはできないので申し訳ありません。
もうオリンピックも終盤になり、大方のメダルなど確定して日本選手も明暗分かれた感じになりましたが、勝っても負けてもさまざまなドラマがあり、なおかつひたむきなその姿に感動し、すごいエネルギーをもらう感じがします。
スポーツ選手の「気」のようなものがこちらにも伝わってくるのでしょうか。見ていてジーンとくるシーンも多々ありました。
いつも思うのですが、強い人でも時と場合によって、弱くなったり、プレッシャーなどに押しつぶされてしまったり、いろいろなパターンがあって本当にオリンピックはドラマがあると感じるのです。
今回のオリンピックは、いろいろな問題がありながらも、なんとか開催にこぎつけた感もあるのですが、始まってみると、トップ選手たちの戦いぶりなどはそういう問題などを超越して感動を与えてくれます。スポーツというものはなんと奥深いものなんでしょう!戦争や紛争などをスポーツで解決できれば平和な世の中になるのではないかと密かに思ったりしました。
とりとめのない文章になりそうなので、今日は勝負における「気」の重要さを少し考えてみました。
多くの選手達はいろいろなコンディションや取り巻く環境などに影響されて、力を発揮したりできなかったりするのですけど、当然やる気がなければ世界記録など取れるものではありませんよね。オリンピックの本番に向けてやる気をどう高めていくかみんな努力してるのです。中には調整に失敗して棄権したり、失敗したりする選手も出てきます。
もちろんやる気だけで勝てるとは思いませんが、トップレベルの選手達が競って頭一つ抜け出すためには、なにか神がかった力が必要なのかもしれません。体力、気力そして運もすべて兼ねそろわないと勝てないような気がします。
でも大体優勝した人のコメントを聞くと気力のようなものが大きくて、体の状態とか2の次のような感じのコメントが多いですね。実際体は故障だらけなのに気力だけで勝ったというコメントは昔からよく聞く話です。「気」というものは不思議なもので、出そう出そうと思ってもまず出てこないのです。ですから出すためになにか対象を選ぶ。たとえば「家族のために」とか「応援してくれたみんなのために」というようなものです。そういう自分じゃない誰かのためにやったほうが「気力」は出やすいようです。そうでなければ絶えず与えられる試練に勝つためには相当図太い人じゃないと生き残れないような気がします。
気力を充実させるためにはそういう力の転換が必要なのかもしれません。
書中お見舞い申し上げます!
聖火狂騒曲
聖火っていうものがどういう意味を持つものか改めて考えざるを得なくなった今回の騒動は、それはそれで意味のあるものかもしれません。長野で日本の国旗はほとんどなく中国の国旗とチベットなどの旗だけが振られている状況って、誰が想像したでしょうか?中国は世界中でチベット問題を問題視させるために聖火リレーをやっているようなものです。行く先々で小競り合いが起こり、妨害や激しい抗議言い争いなどをする姿は、必死になって自分達の正当性をアピールするための場ではなく、いかにチベット問題が世界的に広がっているのかをその国民の前でさらけ出してるだけだとなぜ気がつかないのでしょうか?もっともそういうことに鈍感なのかもしれません。
おそらく中国人の中には、本国は何をやってるんだ?と思っている人もいるはずなのです。でもなかなか出てこないのは、抗議をしただけで「非国民」と言われ、親兄弟までもが暴力の対象になってしまうという事実もあるらしいです。まるで、第二次世界大戦前の日本国を思い出すようです。日本は幸い敗戦によりその状況を抜け出し、今があるわけですが、今現在進行中の中国はこの先どうなるのでしょうか?
世界はまだ独裁が多く、自由な人間の権利が守られている国はとても少ないように感じます。独裁国の人々は自由を求めますが、独裁者はそれを力で押さえつけようとします。ところが人間というものは上から激しく押さえつけられれば押さえつけられるほど反発するようにできているのです。愛情を持って叱るのとはまったく違う次元がそこに存在します。教育や報道を自分達の都合のいいように変えて国民を押さえつけていれば、必ずいつかは爆発してしまいます。昔ならそんなことも通用したかもしれませんが、今21世紀のネット社会で、世界中の出来事を規制するなどまず不可能です。遅かれ早かれ真実は報道されてしまいます。
話は変わりますが、自分達の生活においても、押さえつけられると爆発するのは人間の業のようなもので、どこの人でも一緒です。「休みたいやつは辞めろ。」とか言われると反発するのです。そんなこと言う人は人を使うのが下手なんだろうなと想像できるわけです。同じ事を言ったとしても片方の人の言うことは聞き入れて、もう片方の人が言うと反発する。言い方や人間次第なんですね。
きっと独裁国家は必ず滅びる運命にあると思います。ワンマン社長も法律をやぶれば必ず捕まるし、押さえつける人がいる限り内部告発されることになるのです。外から見てもわからないことでも、中から見ると一目瞭然でわかる。意に反したことをやれと言われている人は、必ずそこを辞めた後に告発するでしょう。
世界征服など考える国は必要ないのです。共存共栄していかなければ人類の未来などないのですから・・・・・。
ストレスはそういうところからも溜まっていくんでしょうね。告発された人は告発されるとは思ってないところが哀れです。
おそらく中国人の中には、本国は何をやってるんだ?と思っている人もいるはずなのです。でもなかなか出てこないのは、抗議をしただけで「非国民」と言われ、親兄弟までもが暴力の対象になってしまうという事実もあるらしいです。まるで、第二次世界大戦前の日本国を思い出すようです。日本は幸い敗戦によりその状況を抜け出し、今があるわけですが、今現在進行中の中国はこの先どうなるのでしょうか?
世界はまだ独裁が多く、自由な人間の権利が守られている国はとても少ないように感じます。独裁国の人々は自由を求めますが、独裁者はそれを力で押さえつけようとします。ところが人間というものは上から激しく押さえつけられれば押さえつけられるほど反発するようにできているのです。愛情を持って叱るのとはまったく違う次元がそこに存在します。教育や報道を自分達の都合のいいように変えて国民を押さえつけていれば、必ずいつかは爆発してしまいます。昔ならそんなことも通用したかもしれませんが、今21世紀のネット社会で、世界中の出来事を規制するなどまず不可能です。遅かれ早かれ真実は報道されてしまいます。
話は変わりますが、自分達の生活においても、押さえつけられると爆発するのは人間の業のようなもので、どこの人でも一緒です。「休みたいやつは辞めろ。」とか言われると反発するのです。そんなこと言う人は人を使うのが下手なんだろうなと想像できるわけです。同じ事を言ったとしても片方の人の言うことは聞き入れて、もう片方の人が言うと反発する。言い方や人間次第なんですね。
きっと独裁国家は必ず滅びる運命にあると思います。ワンマン社長も法律をやぶれば必ず捕まるし、押さえつける人がいる限り内部告発されることになるのです。外から見てもわからないことでも、中から見ると一目瞭然でわかる。意に反したことをやれと言われている人は、必ずそこを辞めた後に告発するでしょう。
世界征服など考える国は必要ないのです。共存共栄していかなければ人類の未来などないのですから・・・・・。
ストレスはそういうところからも溜まっていくんでしょうね。告発された人は告発されるとは思ってないところが哀れです。
4月はいつも・・・
毎年、3月4月は移動や卒業、入学、入社などいろいろなことが重なって、忙しくなってしまいますね!忙しいうちは忙しさも感じないでどんどん頑張ってしまうことが多いですが、ゴールデンウィークくらいになると、とたんに落ち込んだりやる気がなくなったりすることがあります。
いわゆる5月病ってやつなんですが、いい意味で環境が変わった人はいいんだけれども、間違って自分に全然合ってないところに来てしまったなーと思っている人には最初の難関なのです。
そこを乗り越えると仕事をやっていけるらしいです。がんばってくださいね!
でもどうしてもダメなときは方向転換も考えたほうがいいのかもしれません。
人間は楽しいことはいくらやっても疲れないのですが、自分の意に反したことをやらされているとどんどんストレスが溜まってしまうように出来ているのです。あまり深く考えない人のほうがうまくいく場合もあります。いままで、いろいろな所で働いたことがありますが、どんなところで働いてもそれなりにストレスはあります。うまくストレスと付き合って、解消できるように、ささやかなお手伝いを整体でできればなあと、いつも考えております。
いわゆる5月病ってやつなんですが、いい意味で環境が変わった人はいいんだけれども、間違って自分に全然合ってないところに来てしまったなーと思っている人には最初の難関なのです。
そこを乗り越えると仕事をやっていけるらしいです。がんばってくださいね!
でもどうしてもダメなときは方向転換も考えたほうがいいのかもしれません。
人間は楽しいことはいくらやっても疲れないのですが、自分の意に反したことをやらされているとどんどんストレスが溜まってしまうように出来ているのです。あまり深く考えない人のほうがうまくいく場合もあります。いままで、いろいろな所で働いたことがありますが、どんなところで働いてもそれなりにストレスはあります。うまくストレスと付き合って、解消できるように、ささやかなお手伝いを整体でできればなあと、いつも考えております。
花粉花粉花粉!ちょっと黄砂?
今年の花粉は例年より多いそうです。なんか去年も同じような話を聞いたことがありますが、花粉というのは年々増え続けるものなんでしょうね。
光化学スモッグと違ってアレルギーのない人には全然大丈夫なんですが、花粉症が重くなるとかなり深刻な事態になることもあるそうです。昔は甘く見てたけど、最近の花粉の多さにはかなりやられています。それと今年は黄砂も訪れるという話。
花粉にしろ、黄砂にしろもはや公害ですね。もともとは自然の現象なのですが、現在の状況を作り出したのはどうやら人間のようです。杉や花粉症の原因となる木を、無計画にどんどん植林してしまったり、温暖化の影響と土地の砂漠化で黄砂の舞う量が飛躍的に増えたりと、もともとの自然現象に人が手を加えることによって、かえって悪い結果を招いてしまう。結果を考えずに対処ばかりしているとそうなってしまうのでしょう。
病気に対する治療なども、同じようなケースがよくあります。インフルエンザという病気は、もちろんそれに対して効果を持つワクチンで駆逐されるわけなんですが、ワクチンに負けないで生き残った菌には、もうそのワクチンは効果がなくなるんだそうです。つまり一つの菌でも生き残ってしまうと、新型インフルエンザになってしまったりするらしいのです。これは人間と細菌の壮大なイタチごっこなんでしょうね。対処をすることがかえって悪い方向に向かってしまうことも多々あるということです。
人間は原因を考え反省することはどうも苦手のようです。過去によかれとおもってやったことが、今日の苦痛の原因になってるとは考えないで、苦痛を取り除くことだけを考える。本当に苦痛を取り除きたいなら、なぜ原因を調べないのでしょうか?まあ原因を調べるのは誰か別な人がやってるのかもしれませんけど・・・・。
年金の話や暫定税率の廃止問題とか最近の国会の話はお互いの主張を言い合うだけで、何の解決もしていないようです。年金のネコババをしたり、福利厚生とかいいながら、自分達の物にだけはお金をかける人たちの根本には、国民は何も言わないという考えがあるのでしょうか?まず何をどう使ってもよくてしかも報告もしなくていいという特別会計の存在こそ、その根本にある原因なのではないでしょうか?
人間は状況により行動が変わってしまうのです。例えばお金のない人の目の前にお金を置いておいたら、ほとんどの人はそれを取ってしまいます。今の特別会計というのは、子供に何百万も与えて、これで社会のためにいいことをしてくださいと建て前だけ言って自由に使わせているようなものです。何百万ももらって事後なんの報告もいらないなら、だれしも自分のために使ってもいいんじゃないかと思ってしまうのが人間の心理です。昔からそれはあるのでしょうが、志の高い人もつい誘惑に負けてしまうこともあります。そういう元々持ってる人間の心理を理解して、私利私欲に使わせないようなシステムを作っていかないと、この問題は永久に解決することはないように思います。
話は戻りますが、病気の場合は必ず原因があるのです。わからなくても原因がなかったら病気にはなることは少ないと思います。日々そういう原因を作らないように、ストレスをためないように、楽しく暮らしていけたらいいですね!
光化学スモッグと違ってアレルギーのない人には全然大丈夫なんですが、花粉症が重くなるとかなり深刻な事態になることもあるそうです。昔は甘く見てたけど、最近の花粉の多さにはかなりやられています。それと今年は黄砂も訪れるという話。
花粉にしろ、黄砂にしろもはや公害ですね。もともとは自然の現象なのですが、現在の状況を作り出したのはどうやら人間のようです。杉や花粉症の原因となる木を、無計画にどんどん植林してしまったり、温暖化の影響と土地の砂漠化で黄砂の舞う量が飛躍的に増えたりと、もともとの自然現象に人が手を加えることによって、かえって悪い結果を招いてしまう。結果を考えずに対処ばかりしているとそうなってしまうのでしょう。
病気に対する治療なども、同じようなケースがよくあります。インフルエンザという病気は、もちろんそれに対して効果を持つワクチンで駆逐されるわけなんですが、ワクチンに負けないで生き残った菌には、もうそのワクチンは効果がなくなるんだそうです。つまり一つの菌でも生き残ってしまうと、新型インフルエンザになってしまったりするらしいのです。これは人間と細菌の壮大なイタチごっこなんでしょうね。対処をすることがかえって悪い方向に向かってしまうことも多々あるということです。
人間は原因を考え反省することはどうも苦手のようです。過去によかれとおもってやったことが、今日の苦痛の原因になってるとは考えないで、苦痛を取り除くことだけを考える。本当に苦痛を取り除きたいなら、なぜ原因を調べないのでしょうか?まあ原因を調べるのは誰か別な人がやってるのかもしれませんけど・・・・。
年金の話や暫定税率の廃止問題とか最近の国会の話はお互いの主張を言い合うだけで、何の解決もしていないようです。年金のネコババをしたり、福利厚生とかいいながら、自分達の物にだけはお金をかける人たちの根本には、国民は何も言わないという考えがあるのでしょうか?まず何をどう使ってもよくてしかも報告もしなくていいという特別会計の存在こそ、その根本にある原因なのではないでしょうか?
人間は状況により行動が変わってしまうのです。例えばお金のない人の目の前にお金を置いておいたら、ほとんどの人はそれを取ってしまいます。今の特別会計というのは、子供に何百万も与えて、これで社会のためにいいことをしてくださいと建て前だけ言って自由に使わせているようなものです。何百万ももらって事後なんの報告もいらないなら、だれしも自分のために使ってもいいんじゃないかと思ってしまうのが人間の心理です。昔からそれはあるのでしょうが、志の高い人もつい誘惑に負けてしまうこともあります。そういう元々持ってる人間の心理を理解して、私利私欲に使わせないようなシステムを作っていかないと、この問題は永久に解決することはないように思います。
話は戻りますが、病気の場合は必ず原因があるのです。わからなくても原因がなかったら病気にはなることは少ないと思います。日々そういう原因を作らないように、ストレスをためないように、楽しく暮らしていけたらいいですね!
寒中お見舞い申し上げます
寒いですね!お元気で過ごされてますか?この間はついに関東でも雪が降りました。でも温暖化の影響か今年は花粉が早く来るそうです。花粉症の方にはつらい季節ですね。
飛んでくるのが花粉だけならいいのですが、正月早々テレビなどで鳥インフルエンザが流行の兆しがあるとか、流行したら死者が何百万人出るとか、暗いニュースがありました。
人間ってこれだけ文明社会になっても、目に見えないウィルスとかそういうものにおびえながら暮らしているわけです。昔から伝染病とかかかると死んでしまう人と生き残る人に分かれますが、その分かれ道はどの辺にあるのか考えたことがあります。もちろん、体力のないお年寄りとか子供が一番危ないわけだけれども、体力のあるなしだけで決まるわけではない、なにか運のようなものなのかな?
日頃から病気に対して強い人は、そういうときに強いかというと逆で、病気になるととたんにバタンキューしてしまう人が多いようです。案外日頃から調子が悪いとか、なんだかんだ騒いでる人のほうが病気に慣れているのか全然平気だったりする。不思議なものです。
風邪なんかいい例で、「風邪一つひいたことがない」と言ってる人がいざ風邪をひくと、普段なんともないのに急に重病人になってしまう。風邪をよくひいている人は「ああ、また風邪か・・・」とか思うのですが、普段なってないのでものすごい病気なのかと自分で勘違いしてしまうことも良くあるのです。案外普段風邪だの熱出たとよく言っている人のほうが、平気だったりする。風邪をよくひく人は、風邪がどのように経過するのかわかっているのです。ところが普段ひかない人は風邪がどういうものなのかまるでわからない。だからびっくりしてしまう。
整体をすると丈夫になると言うのですが、その丈夫になるというのは風邪をひかなくなるということではないのです。むしろ風邪をひきやすくなる。体が敏感になりますのでちょっとした熱とかくしゃみとかすぐ出るようになります。すぐ出てすぐに治るようになるのです。風邪にかかったらダウンしてしまうのは丈夫とはいいません。風邪になったらくしゃみなり熱なりをバーっと出して、すぐ治ってケロリとしている人のほうが丈夫なのです。
体の機能が衰えている人は、風邪をひいても熱がでなかったりします。ウィルスというものは熱に弱いものが多く、ほとんどの場合温度が上がると死滅するらしいのです。ということは体はウィルスを敏感に察知して熱を出して殺そうとするのです。それを熱さましなどでさましては、ウィルスは一向に死なないですよね?くしゃみもしかり。なにか変なものが入ってくるからくしゃみをして出そうとするのです。
だから熱とかくしゃみとか下痢とかは、本当は止めてはいけないのです。体の自浄作用なのですから。傷を負って痛いというのも健康な証拠なのです。死んでしまったら痛みも感じなくなってしまう。痛いというのはそこに注意を集めるためなのです。怪我をするとそこに注意が集まり、血の中の白血球だの血小板だのが集まって血を固めて細菌を殺すのです。人間の体とは本当によく出来ていて、ちょっとした病気をすぐ治してしまうのです。そういう風に元々出来ているのです。
病気が治った後は、すぐ動かないで体を休ませるようにしてください。多くの人は「病気が治った!」と言ってすぐ動き出すのですが、実は病気が治った時が、一番体が疲れている時なのです。一番体力がないときに無理に動き出すとぶり返して今度はもっとひどい目に遭うことになるのです。風邪が治ったら、静かにおかゆでも食べてゆっくり寝てください。体力が回復してから起きるようにするのが本当に体のためなのです。
飛んでくるのが花粉だけならいいのですが、正月早々テレビなどで鳥インフルエンザが流行の兆しがあるとか、流行したら死者が何百万人出るとか、暗いニュースがありました。
人間ってこれだけ文明社会になっても、目に見えないウィルスとかそういうものにおびえながら暮らしているわけです。昔から伝染病とかかかると死んでしまう人と生き残る人に分かれますが、その分かれ道はどの辺にあるのか考えたことがあります。もちろん、体力のないお年寄りとか子供が一番危ないわけだけれども、体力のあるなしだけで決まるわけではない、なにか運のようなものなのかな?
日頃から病気に対して強い人は、そういうときに強いかというと逆で、病気になるととたんにバタンキューしてしまう人が多いようです。案外日頃から調子が悪いとか、なんだかんだ騒いでる人のほうが病気に慣れているのか全然平気だったりする。不思議なものです。
風邪なんかいい例で、「風邪一つひいたことがない」と言ってる人がいざ風邪をひくと、普段なんともないのに急に重病人になってしまう。風邪をよくひいている人は「ああ、また風邪か・・・」とか思うのですが、普段なってないのでものすごい病気なのかと自分で勘違いしてしまうことも良くあるのです。案外普段風邪だの熱出たとよく言っている人のほうが、平気だったりする。風邪をよくひく人は、風邪がどのように経過するのかわかっているのです。ところが普段ひかない人は風邪がどういうものなのかまるでわからない。だからびっくりしてしまう。
整体をすると丈夫になると言うのですが、その丈夫になるというのは風邪をひかなくなるということではないのです。むしろ風邪をひきやすくなる。体が敏感になりますのでちょっとした熱とかくしゃみとかすぐ出るようになります。すぐ出てすぐに治るようになるのです。風邪にかかったらダウンしてしまうのは丈夫とはいいません。風邪になったらくしゃみなり熱なりをバーっと出して、すぐ治ってケロリとしている人のほうが丈夫なのです。
体の機能が衰えている人は、風邪をひいても熱がでなかったりします。ウィルスというものは熱に弱いものが多く、ほとんどの場合温度が上がると死滅するらしいのです。ということは体はウィルスを敏感に察知して熱を出して殺そうとするのです。それを熱さましなどでさましては、ウィルスは一向に死なないですよね?くしゃみもしかり。なにか変なものが入ってくるからくしゃみをして出そうとするのです。
だから熱とかくしゃみとか下痢とかは、本当は止めてはいけないのです。体の自浄作用なのですから。傷を負って痛いというのも健康な証拠なのです。死んでしまったら痛みも感じなくなってしまう。痛いというのはそこに注意を集めるためなのです。怪我をするとそこに注意が集まり、血の中の白血球だの血小板だのが集まって血を固めて細菌を殺すのです。人間の体とは本当によく出来ていて、ちょっとした病気をすぐ治してしまうのです。そういう風に元々出来ているのです。
病気が治った後は、すぐ動かないで体を休ませるようにしてください。多くの人は「病気が治った!」と言ってすぐ動き出すのですが、実は病気が治った時が、一番体が疲れている時なのです。一番体力がないときに無理に動き出すとぶり返して今度はもっとひどい目に遭うことになるのです。風邪が治ったら、静かにおかゆでも食べてゆっくり寝てください。体力が回復してから起きるようにするのが本当に体のためなのです。


