どうもこの2〜3日ジメジメした感じで、うっとおしい天気ですね。
湿気が多いといろいろと人間は体に故障が起きやすいのです。雨の日に限って咳が出るとか、腰が痛むとか、そんな話はたくさん聞きます。湿気が多いと意外とのどが渇きます。水を飲む量が普段の倍くらいになってびっくりしたりします。
でも人間の体というのは本当によく出来ているもので、体に水分が足りなくなったらのどが渇くようになっている。お腹に何もなくなったらお腹がすくんですが、「今日は魚が食べたい」とか「肉が食べたい」とか、ただの惰性で選ぶのではなく、実は体に必要な栄養のあるものを食べたくなるようになっているのです。
お酒を毎日のように飲む人も、1年に何日間かまったく酒を受け付けない日があるそうです。体がちゃんと自浄作用をしてるんですね。
そのように、実は生きていくうえの欲求というものは健康と大いに関係していくのです。
人間は生きている限り、欲求が起こります。「食べたい」とか「○○○がしたい」という欲求が必ずあるのです。欲求がなくなってしまったら、死んでしまうかもしれません。
脳死を人の死と認めて臓器移植を可能にする法案が衆議院を通過しました。この法案の一番の目的は、移植しなければ治らないような15歳以下の子供は、海外でしか今まで臓器移植を受けられなかった、その点を、自国で臓器移植を受けられるようにするということなのです。海外の臓器移植とはアメリカとかを指すのですが、とにかく途方もない値段をつけられます。2億3億当たり前らしいです。
2億3億あったら病院丸ごと作れるんじゃないかとか思ってしまうのですが、こんな額でも要求されたら払わないといけない。ここはぜひともなんとかしてほしいものです。
A案からD案まであって今回A案が通ったのですが、臓器移植を待っている方たちには本当に朗報かもしれません。
一方このA案に反対する人が問題にしている点は、多くの人が「脳死を人の死」と判定することに、違和感があるという点のようです。「死」ということに対して非常にデリケートな考えを持つ方たちが、「脳死を人の死」と認めることはどうかと言っているのです。確かに「脳死」状態のまま何十年と生きている例はあるようです。そういう子供を持つ親御さんにとっては、「脳死を人の死とする」という考え自体、とんでもないということになってしまうのです。
私はこの問題は法案を作る側にあったんだと思うのです。「脳死は人の死と認める」と書くのではなく、「脳死を人の死と判断することができる。本人の意思、もしくは家族の意思を優先する。」とかもっとソフトな表現にすべきだったと思います。(まあそれでも反対意見はあるのでしょうが・・・)
とにかく、「脳死」なんていう言葉を入れないでも法案になったはずなのに、なぜわざわざそんな言葉を入れたのか全くわかりません。あの言葉をいれたがばっかりに、議論がおこり、その間にも、普通に死んだ(完全に死んだ)人の臓器すら現在は15歳未満の場合は移植できないのです。
脳死ではなく最初は心臓死とかにすればよかったのではないでしょうか?あとで脳死についてももっと議論を重ねてから足せばいいわけであって、なぜ最初から脳死を入れたのか、なにか作為的なものがあったのかちょっと考えてしまいました。
私の意見としては、15歳以下の子供の臓器を移植できないという現状だけは何とかして欲しいと思うものです。このままでは生きる可能性のある子供たちがどんどん亡くなってしまいます。少子化を問題にするなら、第一に今生きている子供を大切にするのが筋じゃないでしょうか?
話は変わりますが、私は終末医療というものを全く希望いたしません。死に至る病気を前に病院で一日も長く生きたいとは思いません。どこか体が不自由であっても、自分の意志がある間は生きていけます。しかし自分の意志がなくなって寝たきりとかになるのであれば、病院で管を通されて生かされるのは断固拒否します。自宅かもしくはどこか迷惑にならない場所で(結局病院ですが・・・)、自然に死にたいのです。自殺ではなく、普通に死にたいのです。死んで、まだ使い物になる臓器があるのであれば、使っていただいてけっこうです。
しかし世の中には、臓器を売ってお金儲けしたりする人もいるようです。臓器を売るために殺されたりしたらたまったものではありませんが・・・・。
最近どこもかしこも不景気ですね。世の中お金が回らなくなってしまっているのでしょうか?
なにか政争より景気とか言ってる人も、結局はお金を持っている人にお金を回すだけで、職のない人や低収入の人にはなにもしない感じです。決まって言うのはお金を回していけば景気は回復するから雇用も増えるという論理ですが、いつになったら回復するやら・・・。明日食べるのに困っている人たちを何とかしようという議員さんとか出てこないものなんですかねえ。
地方の方ではかなり中央と違ったやり方に取り組むところも出てきています。そういうところは今後も頑張って欲しいものです。
その不景気にまた追い討ちをかけるかのように、新型インフルエンザの流行です。だいたい、新型インフルエンザが流行しているというにもかかわらず、ゴールデンウィークだからってあれだけ海外に出る人がいたら、そりゃあ、国内に入ってこないはずがない。空港でお情けの検疫なんかしても、発症してなければ素通りなわけで意味をなしませんでした。
今回確かに弱毒性な豚インフルエンザでしたけど、インフルエンザというものは変異します。強毒性にいつ変わるかわからないし、しかも有効な防衛手段がないとなれば、この狭い日本であれだけ騒いでもそんなに騒ぎすぎではないと思います。最近自治体や国が騒ぎすぎてはいけないということを言い始めていますが、それは都市機能がマヒすると、ものすごい勢いで不景気が加速してしまうと言うことがあるんだと思います。
インフルエンザというのは飛沫で感染します。ということはくしゃみや咳をしている人はマナーとしてマスクをするというのは当たり前かもしれません。しかし、なぜかこういうときに、だれもかしこもマスクを買って、あるいは買い占めて、大騒ぎするのは確かに異常なことかもしれません。
話は変わりますが、インフルエンザというのは動物から発生すると言うのを知ってましたか?人間から発生するわけではないらしいです。しかもインフルエンザというのはどんどん変異して、人間に感染するとあっという間に広がってしまう。しかも、鳥とか豚とか、人間が食用にしている動物からインフルエンザが発生するということは、極論ですが鳥や豚の声なき声かもしれないと思ってしまうのです。
いまやっと環境をなんとかしようと言う話が始まっていますが、温暖化の影響で一番おかしくなってるのは、天気とかだけじゃなく、生態系を壊してしまってることかもしれません。人間はどんどん増え続けています。いまだに世界の人口は減少することはなく、毎年着実に増え続けているのです。そういう増え続けているのを調整するためにいろんな病気が発生するんじゃないかという考え方もあります。
一方で動物は減り続けています。絶滅危惧種が現在たくさんいます。絶滅する寸前にならないと人間は全く気がつかないのです。絶滅寸前に保護されても、それはその動物にとっては迷惑なだけかもしれません。はやく自然と調和が取れた世界に移行していかないと最後には人間が絶滅してしまうんじゃないかと思ったりしています。
大昔地上は恐竜が支配していました。でも氷河期がきて結果的には滅んでしまいました。現在地球を支配しているのは確かに人間だと思います。人間が滅びるとしたらおそらく、環境破壊による温暖化がピークに来て滅ぶか、どこかの国の狂人が世界中に核兵器を打ち込むか、そのどっちかかなとか考えたりしてます。
取り留めのないブログになってしまいそうなのでこの辺で今日はストップします。
皆様の健康と幸せをお祈りしております。
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あけましておめでとうございます。
年末から、不景気での派遣切りなど、景気は最悪になりつつあります。とても将来について楽観できる状況ではありませんね。でも未曾有の危機でも人間は前を向いてたくましく生きていくのです。
大企業(特に製造業自動車産業)の派遣切りが問題になってます。それは派遣という仕事の問題点をすごく表しているように思います。
もともと派遣というものは、期間従業員として一定期間働いてまた次の職場という職種です。それを寮ありのところに住まわせて製造の仕事を何年もやらせた上に、不景気になったと言って、家のない人を仕事も住まいも奪って追い出すのです。まさに人間をロボットかなんかと同じように扱ってますよね。
もちろん派遣として、働くのなら、その覚悟が必要なのかもしれませんが、派遣しか仕事がない状況で、やれ子供を増やそうとか国が叫んでも、産もうにも産めませんよね。年金もまったく信頼できず、ましてや産婦人科不足で、妊婦たらいまわしで死亡とかいう事実をみながら、ますます悲観的にならざるを得ません。
大企業の言い分はわかります。もちろん派遣はもともとそういう風に使うためにあるのですから。しかし、そうやって人を物扱いする社会というのは必ず滅亡に向かうと思います。たとえば現在、派遣を切って自分の企業を守るのは当然と思ってる人たちは、正しいことをしているかのように思っているかもしれません。しかしそういうことをしたからには、逆の立場になったとき、助ける気持は起こりません。もしも倒産の危機になって、国に助けを求めるような状況になっても、人々は冷たい目をしてこう言うでしょう。「自己責任」。「倒産するような会社にお金出すなんてとんでもない」。
因果応報という言葉がありますが、まさに世の中はそう出来ています。人を物として扱った企業は、人々から物として扱われてつぶれるのです。年寄り(企業)が若者(労働者)をいらないと言って切った先には、役に立たなくなったと言って、老人がひどい扱いにされてしまうそういう未来が待っていると思います。まさに今そういう世の中になってきています。
人を押しのけて、自分のためだけに生きるような人は、人に押しのけられて、人のことを全く考えない人間に同じようなことをされるでしょう。
秋葉原の無差別殺人。あの事件は、もちろん殺人なんてとんでもないことなのです。しかし、主観ですが、あの犯人は、会社から物として扱われてきたのです。だから今度は犯人は被害者のことを人間としてではなく、物として見る様になってしまったのかもしれません。
合理主義というものは確かに合理的なのですが、人間は合理主義的な考えはしても、それを割り切れるものではありません。人間には感情があるのです。人に冷たくする人は、必ず人に冷たくされます。人をだます人は、そういう人にまただまされるでしょう。いらいらして不機嫌な顔をしている人には、周りの人も不機嫌になるのです。人間と言うのはそういう風に感応しながら生きているのです。
もっと人にやさしく、いつも楽しく生きれないものでしょうか?人にやさしく穏やかに接する人には、そういう人が集まってくるでしょう。どんな時でも笑顔を絶やさない人には、きっと笑顔で答えるでしょう。人間は感情がある限り、人にされたことを人に返すようにできているのです。でもどこかで連鎖を断ち切り、やさしく、楽しく、みんなが生き生きと生きていける社会にしなければ、日本は滅ぶ方向に向かっていくでしょう。
年始からちょっとシビアな話になりましたが、このたいへんな世の中でも、助け合う人々が必ず出てくることは、少々の希望がもてます。こんなことを、年末年始に考えている社会っておかしいんじゃないかと思いますが。
今年も、前向きに、明るく、無理せず、笑顔でゆうゆうと生きて行きましょう!じたばたしてもしょうがありません。自分の周りから変えていけばきっと世界も変わっていくはずだと信じるしかありません。
では、本年もよろしくお願いいたします。
ほんとに、なかなか続かないもんですね。毎日のようにブログを更新している人が神に見えます。
このところ世の中不景気になってきましたね。サブプライム問題からここまで景気って悪化するものなんですね。次々に連鎖してまさかあのリーマンブラザーズがつぶれ、今まさにアメリカのBIG3が危ない状況になってきているらしいです。
しかし、あのリーマンにしろ車産業にしろトップの会長というのは、まるっきり事態を把握してなく、自家用ジェットに乗り、大邸宅に住んで毎日どんな食事をしてるのか想像に難くありません。
日本もしかりで、相変わらず庶民のことなど省みず、道路だ公共事業だとやっている。思うに世界というものは、相変わらず悪代官のような人たちに搾取されているのです。黄門様は今の時代にはいませんしねえ・・・・。
みんながみんな勝ち組を目指し、負け組になると、もう人生終わったかのように考えているのでしょうか?そういう意味では安倍首相が言った「再チャレンジ」というのは大事なことかもしれなかったですね。
お金を持ってしまって逆に後戻りできないところに行ってしまう人もいるようです。某音楽プロデューサーなどもあれだけ売れてたにもかかわらず、借金が膨れ、ついには詐欺までしてしまった。もうお金のない生活には戻れないのです。生活レベルというのは一度上げてしまうとなかなか下げることが出来なくなってしまう。
たとえばテレビのある生活から、ない生活へはなかなか落とせませんよね?いい物を知ってしまうとそこから下に行けなくなってしまう。そして実際は持ってもいないお金を借りてまで使ってしまう・・・。この先ますます不景気になり、給料とかも下がっていくかもしれません。でも生活の水準は落としたくないからどこかで無理をしてしまうことがあるのかもしれません。
僕はいつも思うのですが、食べるものが食べれて、日々暮らす場所の安全が脅かされないだけでもとても幸せな事だと思うのです。でも人は豊かになればなるほどその豊かさを維持しようとして、その豊かさのためなら他はどうでもよくなったりしてしまうのかもしれません。
もう今年もクリスマスですね!小さなことでも幸せと感じながらすごしたいと思うこのごろです。
今年はいい事がありましたか?悪いこと思い出すのはやめて、今年も一年なんとか生きていることに感謝したいと思います。
よいお年を!
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